更年期障害が約10年。更年期のツライ症状とは

 

母が更年期になったのは母が48歳、娘の私は26歳の時です。

当時、私は結婚していませんでしたので、母とはよく買い物などに出かけたりして、仲良しな方だったと思います。

とはいえ、会社員として働いていたし、付き合っていた彼氏もいたので、ほとんど、平日は仕事・休日はデートというサイクル。

私の「更年期」ってものの知識は、ほぼ皆無に等しく、60代くらいの女性がなる病気…?と思っていたほどです。

よもやまさか、自分の母がなるなんて思ってもいませんでした。

常に体調が悪いと横になることが増え、ある日の真っ暗な部屋の中で…

もともと、母は貧血症だったので、内科の病院には通っていました。

それでもそんなことってほとんど無かったのですが、

「ごめん、ちょっとしんどいから横になるね」と横になる姿を頻繁に見せるように。

「最近体調悪いの?」って私が聞いても

「ううん。いつもの貧血よ」っていう調子。

この辺りも、もともとから自分のことを言わない方だったので

大丈夫かな…と心配はしておりました。

辛そうに横になる姿が増えていた、

ある日のこと。

私が夜遅く、仕事から帰宅すると部屋の明かりがひとつも点いていません。

「あれ?お母さん留守?」

珍しいなと、自分で家の鍵を開けて居間に入って電気をつけると!

そこにはうつろな目でリビングのテーブルに座っている母が!!

決して眠っているわけではなく!

もう、私は卒倒しそうなほどに驚いて、

「ちょっと!びっくりするやん!何してんの、電気もつけないで!?」

「ううん、何でもないよ。ご飯まだやった?すぐ用意するわね」

何でもないはずないでしょ。これは。

ぜったい変だ。様子がおかしい。

私は確信しました。

こうしてこの日から、私自身も本格的に母の更年期障害を認識するようになります。

体調以上に、精神的にひたすら不安定な母

母の体調がいまひとつな日々は、その後も続き、貧血で通院していた内科からの紹介で、婦人科に通うことになりました。

どうやら母も、そこで初めて「更年期」と言われたようです。

その「更年期」という言葉を聞いて、第一に私の頭をよぎったのは、私が短大に通っていた頃の、友人Hのことでした。

仲良しだったそのHと、突然音信不通になったことがありました。

おまけに授業にも来なくて。

「どうしたんだろう…?」って、ものすごく心配しました。

当時はラインとかが無く、PHSで連絡したりするも、全く繋がらず。

彼女がようやく学校に来た時には、

なんだか顔色も悪くてげっそりした様子でした。

何があったのか尋ねると、Hのお母さんが更年期障害だったんだとか。その症状がひどく、母親を家に一人でおいておくことができない状態だったと言います。

雨の日は子供のように号泣する、急に思い立ったかのように家をとびだす、夜に一睡もしない、など。

その時の私は、今以上に更年期って何か分かっていなくて、Hの話を聞いたその時は、症状の数々から認知症の一種かと思ってしまったほどでした。

それが今、私のお母さんも同じことに。

友人Hの母親と同じなんだと考えた時に、ものすごい不安に襲われました。

真っ暗な部屋に座っていたり、もうすでに理解不能な症状も出ていたし。

私の家族は、父と弟も含めた4人家族です。

でも、その時は娘の自分がなんとかしなければならないと考えていました。

とにかく、お母さんを一人にしない

しばらくすると、母は、やたら暑がりになりました。

私がニットのタートルネックを着ている横で、母は半袖Tシャツ。

ありえないほどの汗をかいたり、

氷を毎日大量にボリボリ噛んでたり。(貧血の人はよくやるそうです)

更年期はホルモンバランスの乱れ。

精神的に不安定になる人も多く、場合によっては自殺に至ることも。

それを知ると、ますます不安に襲われました。

そうは言っても、私自身、平日は仕事で、しかも通勤に1時間半もかかる勤務地でしたので、家に着くまでいつも、気が気でありませんでした。

心配で日中、母に電話を入れたりすることもありましたがそれが逆効果になってしまうのです。

「仕事中にTちゃん(私のこと)に心配かけるなんて!お母さんは、この世にいなければよかった」

と泣かれてしまう始末…。

心配だけど、心配している素振りを本人には見せてはいけない、という難しい状態でした。

なんだかちょっと、うつ病の方への接し方に似ていますね。

平日は会社から、急いで飛んで帰る、土日は出かけず家にいるって日々が続きました。

正直、よくわからない感情の母に苛立つことも度々ありました。

私自身もストレスを抱えていたんでしょうか。

…やはり、自分一人では抱えきれず。

家族みんなで寄り添うことが、とても大切です

やっぱり一人で抱え込んじゃいけないなあ、と思います。

ざっくばらんで、あんまり細かいことを気にしない父でしたが、そういう人も必要でした。

「まーいいやん、ほっとけほっとけー。大丈夫やろー」

なんて適当なことばかり。

でも、本当に、ほどほどにほっといてあげないといけないこともあります。

ちょっとやんちゃな弟で、最初まったくアテにしていませんでした。

ですが突然弟が、

「俺、あすの休日家いるから、姉ちゃん出かけてこい」

って言ってくれることが何度もありました。

気づけば、週末は交代で家に居るような流れに。

みんな、それぞれの立場でできることをしようって雰囲気でした。

すごく楽になれました。

私自身も、母と女子な遊びをいっぱいしました。

ショッピングはもちろん、噂でよく当たるって聞いた占い、雰囲気のいいカフェ、母の好きなバラ園、雑誌で見たパワースポット、嵐のコンサート。

もちろん、体調は万全じゃないので休憩してばっかり。

カフェを出て、10分もしないうちにまた休憩にカフェに入ることも。

そんな状態でも「私たちって、お茶好き過ぎだよねー(笑)」と大笑い。

とにかく、焦らず、深刻になりすぎず。

母親が下を向かないように、一緒に楽しもうって思いました。

でもお互い、精神的に参ってたんでしょうね。

ある日街中で、路上で詩を書くアーティストさんに、母を見てのポエムを書いてもらったことがありました。

そのポエム読んで、母娘でそろって公共の道端で嗚咽するほど、号泣。

本人が一番辛い。

周りもそれを思って、やっぱり辛い。

だけど

更年期障害には絶対に終わりがきます。

母が更年期障害になって約10年。

状況は良くなったり悪くなったりと、波のある日々でしたが、

数年前に閉経した母。

今ではすっかり元気です!

私はまだ経験していないので、分かりませんが、女性として、閉経するってなんだかとてもとても悲しいことのように思っていました。

でも、母の「よっしゃー!やっと終わったー」というせいせいした様子を見てると、

もしかして更年期障害って、閉経という女として悲しいイベントを悲観的にさせないための前置きなの!?

などと、思ってしまったりするほどの母の復活のしようでした。

母はパートをし始めたり、友達とイベントに行ったり旅行に行ったり。

私も一児の母になり、更年期だった母もすっかりおばあちゃん!

「孫もかわいいし、毎日楽しくて、忙しい」そうです。

か弱い母も、なんだか強いおばちゃんに生まれ変わったようにも思います。(笑)

母の更年期、家族の寄り添えたことが本当に幸せだったな、って今ではすごく思います。